ー社員によるリレーエッセイー Vol.1 孫尚孝

Vol.1 「丑年」と私

医療連携部
神戸薬科大学非常勤講師/帝京大学非常勤講師/東京薬科大学非常勤講師
孫 尚孝

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 2021年は丑年。不思議にも丑年と私の人生には深い縁がある。人生の初恋が36年前、薬剤師になると決めて薬科大学に入学したのが24年前、そして、私の薬剤師人生を急転させた在宅医療との出会いが12年前と、いずれも丑年。
 そこで今回は、12年前の丑年に起きた出来事を少し振り返ってみたいと思う。

医師から突きつけられた覚悟

12年前、私はある在宅医に出会った。初対面にもかかわらず、その医師は地域医療への想いについて熱く語り始めた。そして、しばらくすると息をスッと短く吸い込み、「ファーマシィは在宅患者を支え抜く覚悟があるのか」と私に問いかけてきたのである。
 いきなり突きつけられた「覚悟」の有無。もちろん、私だけで答えを出せるわけもない、社員に問いかけるしかなかった。その結果、得られた皆からの答えは「覚悟はある」。満場一致だった。
 その皆の「覚悟」が、現在のファーマシィの礎になっているのは間違いない。

薬剤師は何ができるの?

 当時、在宅薬剤師はほとんど皆無で道標もない。在宅で薬剤師が何をできるかなんて誰も知らなかったために「5000円もかかる薬の配達屋」と揶揄されたこともあった。なんとか理解してもらおうと「薬剤師ができること」を医療機関や介護事業所に説明してまわる毎日だった。
 飛び込みで訪問した先から、老人会での出前講座を頼まれる機会に恵まれた。そこでの講座が好評で、以降、数えきれないほど老人会をまわることにーー。中には、私を指名して何度も呼んでくれる老人会も出てきた。
 講座では皆さんを和ませるために疑義照会などを例に挙げて「患者さんと医師に挟まれて薬剤師もたいへんなんですよ〜」なんて話すと、聴講者たちは「へえ〜」と目を丸くする。その反応を見て、やはり薬剤師の業務はあまり理解されていないと感じながらも、当時はそれをどうにかしようとまでは考えることはなかった。

2014年、潮目が変わる

 2014年4月、業界に衝撃が走った。日本医師会の会長に就任した横倉義武氏が、第一声に「医薬分業が患者、国民のためになったのか、よく考えないといけない」と発言したのである。「薬剤師は何ができるの?」。その言葉が私の周囲だけでなく業界全体に向けられたことで、直感的に業界の潮目が大きく変わると感じた。
 そんな最中、東京に異動することになった。業界の潮目が変わるタイミングで、自分には新たな役割があるとも思っていたので、それを大きなチャンスととらえた。

想いが実を結んだ瞬間

 上京を控えたある日、お世話になった医師4人が送別会を開いてくれた。思い出話に花を咲かせながら楽しい時間がすぎていく。すると突然「今から孫さんの表彰式を始めます」とのかけ声のあとに表彰状が読み上げられた。
ーーあなたは福山の在宅医療において多大な貢献をされました。ここにその功労を称え心から感謝の意を表しますーー
 その瞬間、いつか薬剤師がまわりに認めてもらえるようにと走りつづけた日々の記憶が一気に蘇り、涙があふれ出た。

そして、今

「薬剤師は何ができるの?」
 その答えを示すところから私の活動は始まったが、その問いがまさか業界全体に向けられることになるとは想像もしなかった。しかし、その問いにきちんと答えるのは当たり前だと思うし、改正薬機法で示された服用期間中のフォローアップは、まさにその答えの重要な鍵になるはずのものである。
 たった12年で在宅も業界で馴染み深いものとなった。12年後には服用期間中のフォローアップが当たり前に行われる時代になっていてほしいと切に願う。
 さて、今年の丑年は、私にとってどんな年になるのだろうか。